nekojiro612’s diary

孫の小遣い稼ぎの空売りマン

レスター ぺレル の処方箋

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https://www.ted.com/talks/esther_perel_rethinking_infidelity_a_talk_for_anyone_who_has_ever_loved?language=ja

 

『大事な人を亡くした人なら、また恋に落ちることが可能なことを知っているでしょう』



「新しいオリンポス山があるとします。登りたいと思っても必要な道具を持っているとは限りません。」と彼女のトレードマークである低い声で説明するのは、アントワープ生まれの心理療法士のエスターぺレル。この分野の第一人者となった彼女がたとえに使う「オリンポス山」とは現代の恋愛関係の願望を意味している。彼女が開業している診療所に加えて、2冊のベストセラー著書『セックスは罪ですか?』と『不倫と結婚』は恋愛や結婚に悩む世界中の読者を魅了した。最新の活動は『Where Should We Begin?』(わたしたちは、どこから始めるべき?)と題したポッドキャストで、問題を抱えたカップルとエスターが行う一風変わった内容なのだが、裏切り、欲望、失望など現代の恋愛関係においてカップルが抱える悩みに対して彼女は尻込みせず、鋭い洞察力を発揮している。このインタビューでは恋愛関係についてまわる落とし穴やプレッシャーを語り、そしてカップルの関係性向上のためにアドバイスをする。

 

私たちは現在、いつでも人とつながりを持てるようになったのにもかかわらず、寂しさが増しているという矛盾した時代にいます。このような時代の移り変わりは恋愛関係にどう影響しますか?

 

現代ほど恋愛関係に対して多くを求める時代はかつてありませんでした。ロマン主義は新しい宗教で、恋愛関係に求める要求と精神的な要求の融合体と言う人もいるでしょう。ユング説解析者ロバートジョンソンはこう言っています。以前、ロマンチックな恋愛は超越、意味、目的、エクスタシーといった神聖な領域とされていた、と。私たちが恋愛関係に求めているものは安定、責任、信頼、伴侶、扶養などいろいろありますが、同時に驚き、謎、興奮、目新しさも求めているのです。さらに子育て、家計、お互いの両親とうまくやれるか。家族として人生を一緒に歩める相手かどうかといった従来の家庭に対しての要求もあります。書いていくと信じられないくらい長いリストになるのです。そしてリストが短くなることはなく、長くなっていくばかりです。

 

なぜ今は要求と欲求が多くなっているのですか?

 

昔、私たちは明確な社会構造の中で暮らしていました。人と人が硬い絆で結ばれており、その絆は簡単にはほどけませんでした。自分の居場所や、人から求められる自分の役割も理解していました。現在その「構造」は「ネットワーク」へ移り変わりました。ネットワークは絆の結び目がゆるいので、出入りが簡単です。こういった分裂して細分化するネットワークでは、あなたのパートナーが人生の苦難に対して防壁になります。彼または彼女が孤立感を癒す鎮痛剤になってくれるのです。私は常に提言しているのですが、人にはコミュニティーが必要です。ひとりではコミュニティーを維持できませんし、恋愛関係においても相手の要求の重さに耐えられなくなることが多くあります。それは失敗なのでしょうか?そうとも言えません。実際は、過去の時代における恋愛や結婚生活と比べるとはるかに多くの要求に答えているのですが、今の時代の要求のリストが長すぎたため失敗したように見えるだけなのです。

 

トラブルを抱えるカップルの症例を教えてください。

 

問題のあるカップルは2パターンあります。慢性的に衝突して関係がもつれているか、無関心すぎてお互いに気持ちが完全に離れているかです。一触即発か無反応か。前者は自主性も主導権もないため、相手の反応を引き出すことしかできず、ひとりでは前に踏み出せないため息苦しさも感じる。そして後者は逆に心が離れ離れのパターンです。

 

倦怠期と「終わっている関係」の違いはなんですか

 

人間は月と同じで断続的に月食のような時期があります。相手のことを忘れて少し距離を置いてしまったり、集中すべきことが他にあったりする時期があるかもしれません。でも関係が終わっているカップルと違って、まだ関係性が続いているカップルはお互いを受け止め、受け入れあっています。新しいエネルギーを注入して、新たな関心ごと、趣味、お互いの存在、そして自発性を持つことによって関係が活発化するのです。

 関係が終わるのは相手への興味が完全に失われたとき、無関心になったとき、改善を試みないとき、慢性的な喜びを感じない場合、そしてその結果批判が絶えない場合です。ただの無関心というわけではなく相手への興味を失っている状態です。自分にまったく興味を持たない相手と一緒にいると自分の価値が下がったように感じます。そうすると日々の生活を「機能」させる方がパートナーよりも大切になってしまいます。自分の役割や責任を果たすだけなので関係は業務的になり、パートナーの存在に疑問さえ持ちません。私の横にいる人は一体誰?私たちの関係には何が起きていて今後どうなるだろう?最近あなたは何を考えているの?何で遅くまで起きているの?心配事は何だろう?どうすれば喜んでくれるの?といったようなことを考えなくなるのです。



恋愛において一番誤解されているものは何ですか?



「この人しかいない」と思い込むことです。大事な人を亡くした人なら、また新しい恋をすることが可能なことを知っているでしょう。複数の子供を愛することができるのと同じように他の人を愛することもできるのです。泣いて悲しんだあと、別の人に出会い、前の恋愛とは違ったとしても、愛することができる相手は世界に一人しかいないわけではないのです。



ではセックスの場合は?



自然に「ムードに流されて突然スイッチが入る」というのは神話のようなものです。(爆)

献身的なセックスというのは意図を持ってあらかじめ計画を練ったセックスであり、突然起こるものではないのです。たとえばテニスをしたいと思ったとき、まずラケットとボールが必要で、次に一緒にプレーする相手を見つけて、さらにテニスコートを予約しないといけませんよね。誰もそういう準備やウォームアップに異議を申し立てることはありません。気がついたら偶然テニスコートにいたなんてことはありえないのです。



恋愛関係のおいて性衝動の不一致はどうやって直せますか?

 

生物学、ホルモン、生理的要素、生活環境(「たとえば幼い子供が三人いるので疲れている」)をはじめ、相手に腹が立っていたり、(「何も手伝ってくれない」)、自己中心的な愛だったり、(「前に私の好みを聞いてくれなかったから、もうあなたなんてどうでもいい」)、あるいは自分の身体に自信がないから否定的になったりと、人によって原因はさまざまです。他にも相手を満足させる能力がない、受ける価値を感じない、喜びを経験できないといった問題もあります。欲求の食い違いが病症として現れます。どんな病症であれ、理解するには慢性的な状況を知ったうえで、どのように自分自信を理解するか、どのように自分と相手をつなげられるか、お互いがどのようにつながるべきか、というような疑問を持つべきです。



カップルが官能的な妄想を共有したい場合、どうやって話を切り出せばいいのでしょうか?



性的な空想はセックスに必要で、深く感情的な欲望を明確にします。まずそこを理解しないといけません。想像力はセックスに必要な感情の台本なのです。自分に夢中になって欲しい、魅力的でいたい、自分を否定しない誰かがほしい、また最初は拒否していても最終的に受け入れてくれる人がほしい、そうすれば自分は相手の心を変えることができて力強いヒロイズムを感じることができる。そういう妄想は実行できるのです。心理的な物語のあらすじみたいなものです。

 あなたの心は、相手にやっていいことか、受け入れられるかどうかは分別がつくので、相手が嫌がると知っていれば「こういうのが好き」などと言葉にはしないものです。ですがお互いのエロティックな想像やアイデアを共有できるカップルもいます。共有しないカップルの場合は、セックスをしても内向的な体験を共有しないのです。これがセックスとエロティシズムの違いです。エロティシズムとはセックスに詩のような意味を与えるのです。

 

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KINFORK という雑誌の27号は「親密な関係性」が特集になっている。本号でカップルの関係性を再構築する心理療法士 エスターぺレルに長いインタビュー記事を掲載している。



僕は46年ほど前に大学の心理学の講義で、INTIMACY=親密さ という距離感の概念を学習した。人間と人間(動物も含めて)の距離によって、両者の関係性は規定されるという概念でsexをする関係性は距離がゼロだからとりあえず親密という事になる。

売春や買春が長らくタブー視されて来たのは、婚姻という制度化された人口増大システムにとって金銭的な体験によって距離が一時的に無くなることが安定的な制度に対して外的阻害要因として効用するリスクが高いからだろうと思う。それでもなくならないのは、制度の補完性がどこかにきっとあるからに違いない。倫理の問題ではないのだ。効用の問題である。日本や先進国の人口減少の問題は、エロチシズムの減少におそらく主因がある。それはテキストと想像力が次第に欠如したことに起因しているのだろう。金を作ることばかり追いかけて、その使用法を良く考えてこなかったお粗末な欲望のせいだろう。つまり人間が資本の奴隷に成り下がった証左だろう。そこで待っていたのはディストピアだったという事実だ。

 

コロナのせいばかりではなく、近年インターネットの普及に伴って人と人の現実的な距離感には大きな変化が生まれた。ネットによって全く従来は可能性のなかった遭遇が現実的に発生するようになると、意識のあり方がチャンスの回数に相関するようになったと気が付く人が増え始めている。ネットの関係性とは無意識の同位性におそらく相関する。

無意識を触発するものは、基本的にはテキストと画像、動画の類だろうと思う。その意味では、善悪は別としてTwitterを駆使したトランプはもっともそれに長けた政治家の一人だったという事になるだろう。

 

最近の若者はテレビを見ないそうだ。というかTVを持ってない人が多い。だからマスコミが機能しない理由は明白だ。政治はそれに気がついていない。企業もやっと気がついたところだろう。個人の方が変化に対応するのが早い。組織から個人へ、大きなチャンスが巡ってきたのだ。それがわかれば、自分が何をすれば良いのかは自ずと理解するだろう。

エスターぺレルは、ホロコーストを生き延び、家族全員を失った夫婦の娘だ。彼女いわく、彼女の恋愛と人間関係に関しての視点は両親から学んだ。そして人生をフルに謳歌する決意も。